数日前から降り続く雨と冬の寒さもあって、今朝もリヴェラはかがみこんで暖炉にくべた薪を見下ろしていた。ぼんやりと室内が薄暗いのは、冬の長い夜が明けていないせいだ。 リヴェラにとって冬の朝はそれほど早くない。 街に働きに出るわけでなく畑の収穫物と狩りで主な生計を立てる彼にとっては、そのどちらも難しくなる冬の間は休みの期間のようなものだった。とはいえ普段早く起きている癖が抜けるわけでもなく、結局朝日が昇るか昇らないかのうちに目が覚めてしまうのだが。 緩い純白の寝巻きに身を包み、少し肩を震わせながら暖炉の火が落ち着くのを見守る。ぱちぱちと弾ける音を立てながら少しずつその体を大きくさせていく火は、しかしいつもより火の付きが悪かった。湿気が多いせいかな、と思いつつ暖炉に向かって両手を広げる。冷え切っていた手先の緊張が解けて、リヴェラも同時に安堵のような溜息をついた。 次第に冷気を外に追い出し部屋を満たしていく暖かさ。暖炉の火がリヴェラの色素の薄い肌を橙色に染め始めると、リヴェラは足に手を当てて立ち上がる。 「……さて部屋も暖まってきたし、とりあえずご飯作っとこうか」 二人暮らしの家。特に互いに定職についているわけでもないので大まかな担当が役割分担されている。同居人のマオはリヴェラほど朝に強くないので、朝の諸々の支度は主にリヴェラの仕事だ。加えて人見知りのマオがあまり街に寄り付かないせいで買い物、料理がリヴェラの分担になっている。 暖炉から火を取って、部屋の明かり取りの蝋燭達に火を灯していく。蝋燭の弱い光に照らされていくらか明るくなった部屋にリヴェラは頷くと、暖炉から取った火を次は台所の竈に移していく。こんな時魔法があれば楽なんだけど、と今頃はまだ気持ちよく寝ているであろう同居人を思い浮かべながらリヴェラは苦笑した。 適当に卵やら干し肉やら野菜やらを調理していく。冬場はどうにも食材が偏るのでメニューを考えるのが中々面倒だ。マオはどんな料理を出してもおいしいとは言ってくれるが、それだけに出来ればなるべくおいしいものを出して喜ばせたいと言うのが作り手の思うところ。朝食と言えど手は抜けない。 テキパキと料理を進めていくリヴェラが、ふっと手の空いた瞬間に目を上げると、それとほぼ同時にのそのそとゆっくりとした動きでマオが自分の部屋から現れた。微笑みながら、リヴェラはまだ半目のマオに声をかける。 「おはよう、マオ。今日は早いね」 「……ああ、おはよう。うん、まあなんとなく」 まだきちんと意識が覚醒していないのか、ぼんやりと答えてそのまま床に転がり暖炉の前で丸くなるマオに、リヴェラは料理をする手を動かしながら苦笑いする。 「どうせ寝るならベッドで寝てればいいのに……。 もうすぐご飯できるから、それまでに顔でも洗ってきなよ」 「面倒……」 「面倒でも行く。寒いからちょうど目も覚めるでしょ。 戻ってくる頃には準備しておくから、ほら」 「…………」 そこまで言ってようやく体をもぞもぞと動かしだしたマオに、リヴェラは早朝からなんとなく疲れた気持ちになるのだった。 *** 「え? 料理を覚えたい? ……またなんで突然そんなことを」 「いや特に意味はないんだが…… いい加減リヴェラに頼りっぱなしというのも悪い気がして、な」 突然頓狂なことを言い出したマオに、リヴェラは思わず朝食を取る手を止めた。顔を洗ってきたおかげか眠気の晴れたマオの顔にふざけている感じはしない。どう見ても真剣そのものだ。 しかし、これまで同居してきて全く触れてこなかった料理という分野にマオが突然触れてきたというのに、思いの外リヴェラは動揺した。 「頼りっぱなしも何も、その辺りはもう今更じゃない?」 「う……ま、まあ確かにそうなんだが。なんというかな……」 「……? はっきりしないなぁ、マオらしくない」 動揺したせいか思わず正論で返してしまったリヴェラの発言に、マオはぐうの音も出ずぼそぼそと語尾を濁した。それにリヴェラは疑問を浮かべ、ふと得心のいった様に手を打った後、表情を暗くして覗き込むようにマオに尋ねた。 「もしかして、料理、気に入らなかった?」 マオが言葉を濁してでも自分に料理をさせて欲しいということは、それくらいしかリヴェラには思いつかなかった。今二人で囲んでいる食卓に並んでいるのは保存の利くパンと野菜や肉の入ったスープ、それに卵と牛乳を使ったオムレツである。リヴェラ自身としては朝食としてはかなり気合を入れているつもりだが、今日もマオは先ほどまでなにも言わず黙々と口に運んでいた。 マオが口出しをしないのもあって、基本的に味付けはリヴェラの好みに近いものになっている。が実はそれが気に入らなかったのか。だとしたらマオでも婉曲的に伝えてくるかもしれない。そう思ってのリヴェラの発言だったが、マオは焦ったように手を振って否定した。 「違う、そんなことはない! いつもリヴェラの料理はおいしいし、ありがたいと思っている! ……ただ、そう。いつも俺は食べさせて貰っているだけだし、少しでも覚えれば手伝うことも出来るんじゃないかと思ってな?」 「あぁ、そんなことなら気にしなくてもいいよ」 マオの否定が嬉しかったのか表情を明るくさせながら言う。 「料理は俺が好きでやってるんだし、マオが気に入ってくれるならそれでいいんだよ。手伝ってくれなくても二人分ならそう手間にもならないしね」 「……そうか。それならいいんだが」 「うん、ありがとう」 なんとなく不服そうにしながらも、マオは引き下がってパンを口に入れた。そんな仕草にリヴェラは微笑みながら、マオの気遣いに感謝した。ただ同時にリヴェラは、マオがそんなことを突然言い出したことがなぜか気にかかって仕方の無い自分にも気がついていた。 よくよく考えてみれば、最近マオの口からこういうことをよく聞くようになったな、と思う。出会ってからそれなりの時間が経つけれど、最初の頃はリヴェラの発言一言一言に過剰反応することが常だった。始終べったりと自分に寄り添い、一人ではほんの近くの街にさえ行くことを恐れていたくらいだ。 それが最近はどうだろう。よく自分の手伝いをかって出てくれたり、街にも結構一人で出かけたりするようになった。未だに良く知らない人間と話すのは苦手ではあるようだが、それでもカレントやイヴなどとは(偏ってはいるが)それなりにコミュニケーションが取れているようだし、それ以外にもどうやらそれなりに交友関係が出来ているらしい。 しかし、なんとなく釈然としない思いをリヴェラが抱いたのも事実だった。例えるなら、自分だけのものが人に奪われるような、とマオに失礼な感情を抱いて少し恥じる。まるでマオを縛り付けるような話だし、なによりそういう風に差し向けたのは自分なのだ、今更そうなっていくことに文句を言える立場でもない。ただ、なんとなく気になるだけ。リヴェラは自分にそう言い聞かせる。 と、リヴェラが自分の思考に集中している間にマオはいつの間にかさっと食事を終えていた。 「ご馳走様。 あ、今日は俺は午前から出かける所があるんだが、何か必要なものとかあるか?」 「え……」 何の気なしにマオが言った言葉にリヴェラは首を傾げる。 「でも、今日はかなり寒いし、雨も降ってるよ? わざわざこんな日に出かけなくても……」 と、そこまで言ってから思った。 さっき文句を言える立場じゃないと思ったはずだ。自分は何を言っているんだろう。 そんなリヴェラの内心の葛藤を知らず、マオは質問に素直に答える。 「まあそうなんだが……どうしても外せない用事でな」 「そう……なんだ」リヴェラは少し顔に影を落とした後、笑って答えた。 「今のところ必要なものは特に無いよ。気を付けて行ってきてね」 「ああ、昼過ぎには帰ってくると思う」 そう言って先に席を立ち、着替えるためか自室に入っていったマオをリヴェラは椅子に座ったまま見送った。 そしてリヴェラは今日、自分も一つ外せない用事ができたな、と思った。
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